自殺防止活動のあり方について考える 『借金地獄・多重債務・倒産危機から、自力で脱出する方法』吉田猫次郎 |
「ライフリンク」に仲間入り
( 2005年3月24日ブログより抜粋)
警察庁が毎年7月に発表している自殺者統計によれば、平成15年の自殺者は34,427人。 このうち「遺書あり」は10,387人。「遺書なし」は24,040人。 「遺書あり」のうち、原因が「経済・生活問題」であるとはっきりしている自殺は3,654人(全体の35.2%)を占めていた。(参考ページ http://www.npa.go.jp/toukei/chiiki4/jisatu.pdf )
このことから、やや乱暴に推測すると、年間自殺者34,427人のうちの約35%=12,000人程度の人が経済・生活問題を理由に自殺しているものと思われる。これは交通事故死(年間8000人台。過去のピーク時でも1万人ちょっとだった)よりも多い数字である。それにもかかわらず、政府はまだ無策である。
ところで、私は数年前から「借金自殺をなくそう会」などと称して、一人で、何の許認可も得ず、勝手に、借金自殺者防止の活動を行なってきた。おもな活動内容は、自死遺族(注:自殺といわず自死と呼ぶことが遺族やケア団体を中心に定着しつつあるので皆さん憶えておいてください)に対する無料無制限の相談。我が猫研事務所はおもに倒産回避のための経営コンサルタントとして有料で相談に乗りメシの種にしているが、それと区別して、本業の足を引っ張らない程度に、自死遺族から来たメール相談に対しては無条件でいつでも無償で答えてきた。メールの宛先は私。助手を通さず、すべて吉田猫次郎あてに直メールがくる。1日平均1−2通といったところだろうか。1年間で延べ400通以上、自死遺族から相談メールが来た。
しかし、私は正直言って、この活動を一人で行うことに限界を感じていた。私のは「借金のプロから発信する、自殺防止活動」に近いが、本当は「自殺防止活動の専門家集団から発信する、借金解決方法」のようなものが理想だと思っていた。
そんなふうに考えこんでいたある日、2004年暮れ頃だったと思うが、私のデビュー本の執筆時に大変お世話になったS出版の鈴木さんという方から、「近々、自殺防止のNPOを作ります。猫さんも何らかの形で参加しませんか?」というお誘いを受けた。私はこれだ!と思った。ちなみに鈴木さんは名著『自殺っていえなかった』の編集者でもある。
そして2005年3月、私はこのNPOの仲間入りをした。一会員として、数ある自殺防止活動の一角である「借金自殺」関連のプロジェクトを推進させてもらうことになった。
この団体の名前は「NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク」という。 ホームページは http://www.lifelink.or.jp/ 代表の清水さんという人は、新聞やテレビにも時々出ているので見た方も多いかもしれないが、33歳という若さでありながら、この活動のためにNHKを退職した骨のある男である。
私は清水さんや鈴木さんの活動趣旨に全面的に賛同し、今後は借金自殺防止に関する諸活動を、猫次郎ホームページ上からNPOライフリンクへ丸ごと移し、ライフリンクの一員として活動を続けるつもりである。 (もちろん本業の「猫研」企業再生コンサル事業はそのまま継続します)
両方とも一層盛り上げたいと思う。
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( 2005年04月22日 ブログより抜粋)
借金自殺を防ぐための諸活動 (その1)
私は数年前から、猫次郎経営研究所の仕事とは別に、借金自殺に関連するボランティア活動(のようなこと)をしています。
内容は大きく分けて、
(1)既に自殺で家族を亡くしてしまった遺族の方へのケア
(2)今まさに借金苦で死にたいほどツライ思いをしている人のための借金相談
に二分されます。
時間の都合や予算の都合、その他いろいろ考えるところがあって、(1)のほうは完全無料でいつでも無条件に、私自身が相談に乗らせて頂いています(但しメールのみ)。 相談は結構多く、ほぼ毎日のように遺族の方からメールが来ます。内容は、債務者であるお父さんやご主人などが亡くなられた後の借金返済がほとんどです。
が、(2)のほうは、一切無料で受けるほどのサービスはしていません。しかし(2)のような方に自殺を思いとどまって頂くために、ホームページ上で誰でもいつでも閲覧できるように、問題解決のためのヒントを随所に散りばめており、ホームページを熟読すれば借金苦で死のうなどとは考えなくなっていくくよう工夫をこらしています。またこれを補完するような意味で、月に1度だけ、毎月第2水曜日に、無料電話相談会というのを開催しています。この日だけは電話相談に限り、何回でも相談無料です。(詳しくはHPの「相談案内」参照)
それ以外は無料ボランティアの領域を外れ、有料になります。我が猫次郎経営研究所は倒産回避・事業再生のプロフェッショナルですので、倒産の危機に瀕している中小零細企業の事業主のみを対象として、プロとして有料で、随時相談に乗っています。(法遵守、同業他者との棲み分けも意識し、弁護士法に抵触するような個人の法的債務整理有料相談・手続き代行は弁護士さんや司法書士さんたちにバトンタッチしています)
面白いもので、いろいろな人の相談に乗っていると、たとえどんなに死にたいほど悩んでいても、具体的な解決方法を詳しく示してあげると(注:どんな危機的状況にある方でも最低2つ以上は解決方法があります。どんな人でもです。断言します)、しだいに目が生き返ってきます。そしてさらに詳しく、どの方法を取るとどのようなメリット・デメリットがあり、どの部分を犠牲にすればどのような突破口が開けてくるかを説明すると(注:無傷で借金問題を解決することはできません。必ずちょっとした犠牲を伴います。しかしその犠牲とは、なにも命を捨てるほどのものではありません)、それを聞くにつれ、「よーし、やってやるぞ!少しぐらいの犠牲は覚悟だ!死ぬくらいなら、死ぬ気で借金と戦ってやるぜ!」と、別人のように生気がみなぎってきます。
猫研の勉強会常連の方や、猫次郎塾に長期間在籍して活発にコメントを投稿してくださっている会員さんの多くも、最初は真っ青な顔をしていたのが、次第にこのような変化を遂げて生きる気力を取り戻した人たちです。今では笑いながら(不謹慎ながらゲーム感覚のように)借金の整理を勉強・実践しています。頼もしい限りです。
しかし、この活動をするにあたっては、ひとつ非常にデリケートな問題があります・・・
(下へつづく)
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(2005年04月28日 ブログより抜粋)
借金自殺を防ぐための諸活動 (その2)
前回のつづきです。「デリケートな問題」とは一体何でしょうか?
借金自殺防止の活動をしていて、私が最近最も気にしていることは、
≪「自殺防止」と「遺族ケア」は、相反する面が強いのではないか!?≫
ということです。
私は借金苦で今にも自殺しそうに苦しんでいる人を思い止まらせ明るく前向きにさせるときに、借金問題の解決方法がいかに難しくないかを具体的に詳しく解説したり、たかが借金のために自ら命を落とすことがいかに馬鹿げているか、わざわざ死ななくてもいかに多くの選択肢が残されてるかを力説します。またこの時、遺族の方がいかに傷つきいかに強く悲しんでいるかを生々しく話すこともあります。
言い換えれば、誤解を恐れずハッキリ言いますが、借金苦で自殺された方を「悪い見本」にして、あんなバカなことしちゃだめですよ、他にも沢山方法はあるんですよ、という説得の仕方をすることが少なくありませんでした。
これを借金で苦しんでいる相談者に1対1で言う分には、まだいいでしょう。 しかし、より広く、より強くこれを訴えれば訴えるほど、おそらくその陰には、これを読んで傷つく遺族の方もおられることでしょう。 「死んだ私のお父さんはバカだったというのか!?」 と。
もちろんそんなつもりはありません。 ただ、私の気持ちのウェイトが、「遺族の方」よりも「これから自殺しようとしている人」に強く傾いているから、このような言い方になっているだけに過ぎません。 いまだに身近なところで借金苦を原因に自殺する人が多く、しかもその殆どが、明らかに解決方法があるのにそれを全く知らないまま命を落とす人している現状を見ていられないから、なんとしてもそれを食い止めたいという気持ちが強いから、時として「借金ごときで死ぬのはバカだ」「ゲーム感覚で危機を乗り越えろ」「苦境を楽しめ」「返せないのは罪ではない」「そこまでして返すな」 などと過激なことを口走ってしまうのです。
しかし、それが自死遺族の方を傷つける結果になるとすれば、私も自分のしていることを見直さなければなりません。
正直言って、このことは、つい最近まで全く自覚がありませんでした。
なぜ今まで気付かなかったのでしょうか・・・、
つくづく自分は無神経な奴だと思います。
遺族の方には申し訳なく思います。
ところで、先日、上記とほぼ同じ内容の文章を、私が所属している自殺防止NPO法人『ライフリンク』のメーリングリストに投稿してみました。『ライフリンク』の会員さんには自殺防止に力を入れている方だけでなく、自死遺族の方もかなりの割合で在籍されています。そのような場で、あえてこのような問題提起をして、それぞれの立場から率直な意見を頂きたいと考えたのです。
そして、多くの皆様と、非常に活発に、率直な意見をぶつけ合い、有意義な話し合いをさせて頂くことができました。頂いたコメントの全てが前向き、建設的で、思いやりに満ちているものでした。
「自殺防止と遺族ケアは区別して活動すべきでしょう。」
「いや、両者は相反するものではないと思います。私は遺族ですが、防止活動にも参加したいです。遺族がいたら言葉に気を遣うから邪魔だと思わないで下さい。遠慮なく使ってください」
「みな平等であるはずがありません。違いがあって当たり前。さまざまな人がまじりあって社会は成り立っています。」
「自殺防止と遺族ケアは相反するものか?・・・いや。これまで見えなかったところで深くつながっているのではないか?」
「遺族の場合、自死遺児・遺族に限らず個人としての様々な思いがあるので、単純に自分の体験を社会化して「防止」とはいえないところがあります。しかしだからこ、「防止」のためには遺族の声こそが大きな力へと転換できるともいえると思います。」
などなど・・・。
ほかにも、ML上で実に多くの貴重な意見が寄せられました。
これはなかなか深い問題であり、容易に結論づけられるものではないと思います。 しかし、我が国では自殺防止も遺族ケアも全く未発達であるのが現状ですので、活動を絶えず前進させなければなりません。やめるわけにはいきません。
「自殺防止」と「遺族ケア」の2つを完全区別する必要はないかもしれません。いやむしろ、一緒に活動していくほうが意味があるでしょう。ただ、一緒に活動しながらも、両者を常に意識することが必要だと思います。場合によっては、同じ活動主体の中でも「自殺防止班」と「遺族ケア班」というふうに(大まかに)分けたほうがいいかもしれません。
このように、まだまだ考えなければならないことが山積みです。
吉田猫次郎
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