【しかし借金は減るどころか膨れる一方・・・】

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脱サラして家業を継ぎ、前の会社で担当していた商権も一部持ってきて、希望に燃えてスタートしたものの、事業はそう簡単にはいかなかった。 予定が外れてうまくいかないことばかりであった。
前職のときと全く同じ条件で商売するには、まず最低限の資金が要る。 仕入代金、付属品費用、売掛金回収までのつなぎ資金など、どんなに経費を削っても最低限必要な資金が要る。 仕入代金は仕入先の協力を得て支払いをかなり遅らせてもらえるところがあったが、それでも全体の半数ぐらいの仕入先は、現金払いでしか相手にしてもらえなかった。 大企業にいた頃の私よりも、明らかに信用が落ちていた。 ある程度覚悟はしていたが、まさかこれほどとは・・・。 私が甘かった。
そこで現金を捻出できない私は、両親の人脈をつたって、支払条件のゆるい、全く新しい仕入先を探した。 しかしそういう会社は、私の得意先が要求する品揃えや物づくりができない(技術レベル的に)ため、得意先からクレームがついてしまう・・・。 だがそれしか選択肢が無かった私は、その新しい会社に散々無理難題をつきつけて、私の得意先の要望にこたえられるよう「教育」していこうとした。 しかし結果的にはそれも失敗に終わり、得意先からはクレームがつき、次第に仕事が減っていった。 というか、得意先のほうは私にいろいろな仕事をくれるのだが、私がそれに応えられる仕入・下請け業者をつかむことが(資金的に)できなかったのだ。
こうして初年度の売上は予想をはるかに下回り、利益率は高かったものの、利息返済に追いつくほどの売上高を得られなかった。
また、もうひとつの「計算外の出来事」は、今まで借りていたノンバンクが、私が脱サラしたことを理由に、与信限度額を下げてきたのだ。 一部上場の高給取りだった時としがない自営業主の現在とでは、社会的信用度がまるで変わってしまったのだ。 ノンバンク数社がいっせいに、現状維持のためには連帯保証人を新たにもう1人立ててくれと要求してきた。 できなければ一括返済しろという。 私たちはパニックになり、一括請求とか強制執行とかいう聞き慣れない言葉が頭の中をよぎり、言いようのない恐怖感に見舞われて、無我夢中で第3者の連帯保証人を探した。 そしてやっと、ひとり見つかって、その人に頼み込んでノンバンク1社の連帯保証人になってもらった。 (これで、ますます破産はできなくなった。) 残りのノンバンク数社は連帯保証人を立てず、そのかわり新たな借入ができないという条件で折り合った。
そうこうしているうちに、本業は思ったようにいかず、また借金のために余計な時間と労力を取られ、借金は減るどころか、ますます膨れていく一方だった。
家業を継いで(脱サラして)1年後、負債総額は6000万円を超えた。

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